大分地方裁判所 昭和51年(ワ)164号 判決 1978年6月12日
主文
原告の請求は、いずれもこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者双方の申立
一 原告
1 被告と訴外後藤貞男との間の昭和五一年三月一三日付別紙第一物件目録1ないし26記載の不動産贈与契約および昭和五〇年二月一七日付同目録27記載の不動産贈与契約を取消す。
2 被告は原告に対し別紙第一物件目録1ないし26記載の不動産につき大分地方法務局玖珠出張所昭和五一年三月一三日受付第七五三号をもつてなした贈与を原因とする所有権移転登記および同目録27記載の不動産につき同法務局同出張所昭和五〇年二月一七日受付第五〇七号をもつてなした贈与を原因とする所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
主文同旨の判決。
第二 当事者双方の主張
一 請求原因
1 被告は、訴外後藤貞男(以下訴外貞男という。)の長男であり、訴外貞男とともに、被告が専務取締役、訴外貞男が代表取締役の地位にある製材業を目的とする訴外株式会社後藤木工(以下後藤木工という。)を営んでいるものである。
2 訴外貞男は、後藤木工の外建設業を目的とする訴外株式会社三栄重機(以下三栄重機という。)の代表取締役として三栄重機を経営し、被告は、三栄重機の監査役の地位にあつて、右三栄重機の経営に参画していた。しかし三栄重機が経営が悪化したため、訴外貞男はその経営資金調達のため個人として他から多額の金員の貸与を受けて右経営を続けた。
3 原告は訴外貞男から三栄重機及び訴外貞男振出の別紙手形目録記載の約束手形二通の割引依頼を受けて昭和五〇年七月三〇日これを割引き、訴外貞男に対して手形金合計金四〇〇万円の債権を有していたところ、満期にその支払を受けられなかつたため、大分地方裁判所に訴を提起し、いずれも原告勝訴の判決を得、右判決は確定した。
4 しかるに、訴外貞男は、同人所有の別紙第一物件目録1ないし26記載の各土地を昭和五一年三月一三日被告に贈与し、大分地方法務局玖珠出張所同日受付第七五三号をもつて右不動産につき右贈与を原因として被告に所有権移転登記手続をなし、また、訴外貞男所有の同目録27記載の土地を昭和五〇年二月一七日被告に贈与し、同地方法務局同出張所同日受付第五〇七号をもつて右不動産につき右贈与を原因として被告に所有権移転登記手続をなした。訴外貞男には右不動産の外何らの財産もない。
5 訴外貞男は、前記のとおりの事情から、右二七筆の不動産を被告に贈与すれば、債権者たる原告を害することを知りながら被告にこれを贈与し、また、被告も前記訴外貞男との身分関係等の事情からこれを知りながら前記のとおり訴外貞男から右二七筆の不動産の贈与を受けたものである。
6 仮りに、被告主張のとおり本件土地贈与契約が原告の訴外貞男に対する本件手形債権発生の以前になされたとしても、右贈与契約に基きなされた所有権移転登記手続が本件手形債権発生の後になされたものであるから、民法一七七条により右贈与を原告に対抗することができない。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因第1項の事実は認める。
2 同第2項中、訴外貞男が三栄重機の代表取締役であつたこと、被告が三栄重機の監査役であつたことは認める。しかし、被告は三栄重機の経営には全く関与せず、単に監査役として名を連らねたに過ぎない。その余の事実は不知。
3 同第3項の事実は認める。
4 同第4項の事実は認める。
5 同第5項の事実は否認する。
訴外貞男が原告に対して本件手形債務を負担したのは、本件二七筆の不動産を被告に贈与した後であつて、訴外貞男の贈与は原告を害する法律行為ではない。即ち、訴外貞男は、もと農業を営んでいたものであるが、被告は訴外貞男の長男であつて訴外貞男の農業後継者であつた。
訴外貞男は、老令になつたため、農業を被告に継がせることとし、昭和四九年度中に農業経営に必要な農器具等は勿論のこと、本件二七筆の土地全部を被告に贈与した。農地を贈与する場合、全部の農地を一括して農業後継者に贈与すれば無税となるので、訴外貞男は本件土地を含むその所有農地等を被告に贈与し、農業委員会に所有権移転に必要な手続をとつたところ、贈与にかかる土地のうちの二筆の土地につき、訴外貞男から他に売却してあつたため、右手続が遅れ、訴外貞男が原告に債務を負担して後に至り漸く右贈与にもとづく所有権移転登記手続がなされたものである。
三 予備的相殺の抗弁
三栄重機は、原告から別表一、二記載のとおり金員を借り受け、同表記載のとおり利息制限法に定められた利率の範囲を越える利率で利息を支払い、その結果合計金四五三万五七七二円の利息が過払いとなつた。よつて、三栄重機は原告に対し同額の不当利得返還請求権を有する。ところで、原告が本訴で主張する手形債権の債務者は訴外貞男及び三栄重機である。即ち、別紙手形目録一、二記載のとおり本件約束手形二通の振出人は訴外貞男及び三栄重機であつて、右手形金合計金四〇〇万円については訴外貞男及び三栄重機が共同振出人としてその支払いの責任があるものである。従つて、三栄重機が原告に対し相殺適状にある反対債権を有する場合訴外貞男も右債権を自働債権として受働債権たる本件手形債権と対当額で相殺する旨の意思表示をなすことができる。
よつて、被告は前記金四五三万五七七二円を自働債権とし、本件手形債権を受働債権としてこれと対当額で相殺する旨の意思表示を昭和五二年四月七日の第七回口頭弁論期日においてなした。
四 予備的相殺に対する認否
被告の予備的相殺の抗弁は否認する。
原告は、三栄重機に対して手形等を割引いたこと、即ち、手形の売買をしたことはあるけれども、三栄重機に金銭を貸与したことはない。従つて、被告主張の抗弁の前提をなす金銭消費貸借契約が当事者間に締結されたことがないから利息制限法の適用を受けることもなく、被告主張の不当利得返還請求権も存在しない。
第三 証拠(省略)
理由
一 請求原因第1項の事実、第2項中訴外貞男が三栄重機の代表取締役、被告が監査役の地位にあつたこと、第3項の事実および第4項の事実については当事者間に争いがない。
二 別紙第一物件目録27記載の不動産に関する詐害行為取消権の行使について。
原告の訴外貞男に対する本件手形債権金四〇〇万円の発生した日が昭和五〇年七月三〇日であることは当事者間に争いがないところ、被告と訴外貞男との間の別紙第一物件目録27記載の土地に関する贈与の日につき原告はこれが昭和五〇年二月一七日である旨主張する。
ところで、債務者の行為を詐害行為として民法四二四条を適用するには、その行為が取消権を行使する債権者の債権発生後になされたことが必要である(最高裁昭和三二年(オ)第四〇一号詐害行為取消請求事件昭和三三年二月二一日判決言渡集一二巻二号三四一頁)。
従つて、右原告の主張する別紙第一物件目録27記載の土地に関する贈与の日は本件手形債権の発生した日の以前であるから、右贈与が詐害行為として取消の目的とならないことは明らかである。よつて、右別紙第一物件目録27記載の贈与に対する原告の本訴請求は主張自体理由がないものとして棄却を免れない。
三 別紙第一物件目録1ないし26(以下本件1ないし26の土地という。)記載の不動産に関する詐害行為取消権の行使について。
原告は、本件1ないし26の土地につき訴外貞男が被告にこれを贈与したのは昭和五一年三月一三日である旨主張するけれども、これを立証するに足る証拠はない。
かえつて、成立に争いのない乙第二ないし第三号証、第六ないし第一三号証、第一五ないし第二一号証、証人後藤貞男の証言により真正に成立したものと認められる乙第一、第三一号証および証人後藤貞男の証言並に被告本人尋問の結果を総合すると被告の父訴外貞男は農業を営んでいたものであるが、満六六才になつた昭和四九年頃、老令を理由に自己の農業経営をその頃満三〇才を越えていた長男である被告に承継させようと考え、その所有にかかる山林、農地、宅地等を被告に譲渡することとした。そして、訴外貞男は、別紙第二物件目録1ないし19記載の各不動産につき昭和四九年一一月二一日被告にこれを贈与し、大分地方法務局玖珠出張所同日受付第四四八二号をもつて、右贈与を原因とする所有権移転登記手続をなした。訴外貞男は、同じく、本件1ないし26の農地およびその他の同訴外人所有の農地についても同月二二日頃被告に贈与し、右農地につき農地法三条の規定による許可申請を玖珠町農業委員会に提出し、同月二五日同委員会から右所有権移転につき許可を得た。ところが訴外貞男は、右農地のうち玖珠郡玖珠町大字戸畑字峯五七八番田一一〇七平方メートル(別紙第一物件目録3番記載の土地)につきすでに昭和二五年頃これを訴外園田武夫に譲渡していたものの所有権移転登記手続未了のままにしており、また、同所戸畑字本田七一一番の一田六六七平方メートル(同目録25番記載の土地)につき昭和二八年頃訴外谷瀬正己に譲渡していたものの所有権移転登記手続未了のままにしていたことに気付き、これを同訴外人らと交渉して買戻し自己の所有に戻し、被告に贈与することとしてその交渉に当り、昭和五一年頃に漸く同訴外人らとの間で右話合いをすませてこれを自己の所有に戻したうえこれらを一括して昭和五〇年五月一日贈与を原因として同法務局同出張所昭和五一年三月一三日受付第七五三号をもつて被告に所有権移転登記手続をすませた。
以上の事実が認められる。
右事実によれば、訴外貞男は、原告に対し本件手形債務を負担した昭和五〇年七月三〇日より以前の昭和四九年一一月二二日頃本件1ないし26の土地を被告に贈与したものであつて、前記本件27の土地について述べたと同様右贈与は詐害行為として取消の目的とならないものというべきである。そして、右贈与に基く所有権移転登記の日が原告の訴外貞男に対する本件手形債権発生の日の後の日であつても、登記はこれによつていわゆる物権変動そのものにつき対抗力を生ずるものであつて、登記された登記原因の日附(本件の場合は昭和五〇年五月一日であるが、仮に右日付が登記の日であるとしても)にまで対抗力を生ずるものではない(前記最高裁判決。)から、原告の民法一七七条の主張も理由がないものといわなければならない。
四 以上のとおり、原告の請求はいずれも理由がないからこれを失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(別紙第一・第二物件目録、別表一・二及び手形目録は省略する。)